平成28年10月8・9日
阿木山入峯修行記
 深夜がピークと予報されていた大雨が未明にずれ込み、我々の出立をまさに直撃した。
平成28年10月9日未明。中津川市阿木、割烹旅館孫八。
ふたつきほど前から二實修験道会員に向けて募集が始まった今回の國峯修行は総勢20名の参加者を集めることが叶った。

 前日の午後に中津川駅前を集合場所として集まった一行は、まず、市内坂下地区に伝えられている實利行者(じつかがぎょうじゃ)の遺跡を訪ねた。
明治政府による修験道禁止令という法難の時代に、毅然として行者としての姿勢を保ち、その生涯を那智の滝への捨身禅定という壮絶な最期を迎えるまで貫いた伝説の行者『林實利』。
 坂下地区にはこの實利行者の威徳を伝える實利教会が今日まで維持されており、我々一行はそちらにて教会長のお言葉を仰ぎ、行者様に国家安泰から個々の息災、そしてこの度の修行の無魔成満を祈願させていただいた。
 その後この度の舞台である阿木地区へと移動した後は、阿木長楽寺にて当地区の歴史を学び、そして、明日に備えて早々に食事を済ませ、床に就いた。

「ただの雨で修行を中止するような山伏って無いよな〜。」

 この度の大先達でもある二實修験道拝田総監のそんな言葉を皆で苦笑いしながらの歓談も早々。京都から当日参加のために集った方々も揃って午前5時。打ち付ける秋の冷たい雨の中、宿所への報恩勤行を玄関前にて厳修し、女将の深々としたお辞儀を後にした。
 入峯にはしばらく阿木川を車にて遡らねばならず、曲折した道の先にある風神神社境内に車を止め、いよいよこの度の入峯修行が、数体の法螺貝の吹鳴によって猛々しく開始された。

 阿木山という山は無い。里の阿木地区から東南の方角に横たわる山々を総じて阿木山と呼ぶらしい。地図に頼って詳細にその山名を探せば、天狗森山、橋が谷山、美濃焼山、ロクロ天井などの名が見られる。標高は1500m前後の峯々である。一級河川阿木川はこれら山塊の懐に流れ込む清水が集まることに端を発する。その流れは阿木地区の稲作に深く寄与し、更には恵那市街地を形成し、終いは木曽川へと合流していく。

 風神神社はこの中流域の幽谷に佇んでおり、古来人々が水や山に宿る霊性を讃えての創建であることは容易に想像できる。
 明治の法難といわれる修験行者の改宗令によって、ここら辺りの山伏行者さんたちも恐らく離れて行ったことなのであろう。しかし、阿木地区には役行者石像が無数に祀られ、天狗森山の天狗伝説、橋が谷山から向こうの恵那山に至る廃道にある不動明王像、恵那神社の末社一言主。

 山伏行者たちの足跡は、今も確かに遺されている。

 今一度その足跡を辿るための入峯修行。それがこの度の尤もな大義であった。
 時々歩みを止めて、呼吸を整え、足並みを整え。誰ひとり遅れること無く、離れることなく、ようやく稜線に至る。そして小雨。
 天狗森山の稜線は、阿木山と呼ばれる景観の大半を占めている。北東に向かって緩やかに登るように、小笹の踏み跡を辿るように進む。黙々と抖修行の時間を各々が味わっていることであろう。時々吹き上がる法螺の音色がたくましく心地よい。
 途中、カール形状になった枯沢とはいえ、折からの雨のおかげで、豊かな流れを携えた広葉樹の谷にいたって、水源・水分(みくまり)の神々に碑伝を供えて勤行。この沢は、あと数10メートルも登ればもう水の気配は無くなるという、まさに水源の地。ここに何らかの気持ちを添えずにはいられないのは、誰しもが同じであろうと思う。

 稜線の道はその後もしばらく続くが、足並みは軽い。しかし、そんな時、一行の油断の隙に訪れる事故やけがに気を払うように大先達は叱責を加え、目的地『天狗の雨乞池』へと到着。勤行や記念撮影など、ようやく心からの笑顔のひと時を迎えた。

 下山して、先にも触れた山塊の懐を阿木川沿いに下って風神神社に至る。いつしか雨も上がり、紅葉の気配からは木漏れ日が注いでいた。
 20名の一行はもうこの頃には仲間になっていた。そして、仲間と共に仕上げるクライマックス。燃え盛る炎を仏の智慧、自己の魂と見立てての大柴燈護摩修行。我々は晴天の下、長楽寺境内へと凛と行列をなして至り、待ち受け、見守る観衆の方々と共に無事にこの度の行を満たすことが叶った。
 大先達の作法の前、熟練の行者たちが護摩壇の炎を操るが如く。初めは檜葉がパチパチと無数の音を立てて白煙が境内を取り巻き、いぶし切ったかのタイミングで一気に炎に転ずる。山、水、炎。自然現象を相手に敢然と立ち向かう行者たちは、それぞれ何を思い、感じ、得ているのだろうか。
 
 人のことはいい。私はとにかく、相変わらず言葉にならない印象を得たに過ぎず、感謝と感激と、そしてこれからも何度も何度もこうして修行を重ねて行きたいと思ったのである。
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