概 要
いきさつ・プロフィール
『たましいのふるさと』
各関係リンク

概 要
 あくまでも個人的主観なのですが、宗教といういささかややこしいところに身を置いてしまった私としては、その必要を強く説き、人々に対して積極的に手を合わせるように勧めたり、ごもっともな話をして、関心を惹くようなことは苦手であるゆえ、いまひとつ坊さんらしさに欠けていて、会社に身を置いて、せっせと労働する方が性にあっているような気もする。
 また、宗教という建前を逆手に取った悪徳なケースは今なお世間にはびこっており、時には人の命を奪うような大事件、他国においては戦争にまで発展している。ゆえに、社会における宗教の必要性を私は常に懐疑的に意識しながらも、時に宗教者として振舞い、神仏に対して謙虚な姿勢を失わないように努力しているという矛盾。ここの合点こそが、私個人としての命題なのかもしれません。
 この取り組みの主題を明確に表すならば、

    心身を大いに生かした、自己の研鑽と文化の復興。

 宗教といえば、それは長い歴史に培われて今日では教義、教団によってその輪郭は明確で社会的にも地位を確立し、細部にわたって内容は言葉として表されている。私にとっては、そこが、今一つ落ち着かないのである。私はそれら輪郭の内外をフワフワと行き来しているかのような、個人的な信仰、小規模な社会、いわゆる「村」といった地域に支えられ、守られ、時に新たに作り上げられた『信仰のこころ』こそがなによりも尊く、まず、好きなのです。
 山を徘徊し、滝に打たれ、火を拝しては猛々しく経を唱えるひたむきな姿。神や仏の枠を超え、世のため人のため、地域貢献や社会活動などと時には口にするものの、あくまでもそれは自己と向き合い、ひたむきに向き合うということの一面にすぎない。この日本という国の人々の、寛容な精神に沿うようにして千年以上の時の中で国家の方針に翻弄されながらも地道にたくましく伝えられてきた修験道という道にある『信仰のこころ』こそ、この豊かな阿木の地において私に与えられた使命であると感じています。

いきさつ・プロフィール
衝動』とでもいい表わすのが妥当なのか。
恐らくおかしなことを始めたものだと、受容れがたくお思いになられる方もおられるかと思います。
 ただ、先の空海上人のお言葉に近い感情を、ここで暮らす中で、何度感じたことであろうか。
 春の山には点々と山桜が色どり、そこに雨上がりの霞がかかる。
 夏の里には稲の緑が太陽の 輝きをいっぱいに受けて輝き、そこを漫々と水を湛えた阿木川が流れていく。
 秋は紅葉。長楽寺の樹齢1100年と伝えられる大いちょうの見事な黄葉。そして、秋も暮れる頃の朝、霜にあたったいちょうの葉は、音もなくその霜の重みによって、ひらひらと舞い落ち、冬の訪れを告げます。
 冬、『凍みる』といわれるこの地方ならではの、足元から来る寒さに凍えながらも、山の雪化粧は誠に見事な迫力を見せ、師走、睦月の年中行事に、住民が古来より伝えつないできた里の暮らしに思いが巡ります。
 このような美しいこの地の景色、暮らしの一部に必ず佇んでいるのが、大自然、声なき声、形なき心への敬虔な姿勢、形として表された社、石仏、習わし。それを信仰の心と呼ぶにふさわしいことでしょうし、私はその尊さを感じずには居られませ んでした。
 本項は、この数年の間に、多くの方から主に口頭で、時には文書、装丁も整えられたような文献にて持ち寄られ伝えられた阿木の歴史、習わし、記憶、思い出たちを、今の段階でひとつのかたちとしてまとめ、その先に私が見ようとしているもの『阿木山塊(長楽寺から風神神社、阿木川上流域と阿木山)における修験道の復興』へとつなげられ、そして、それらの意味づけを少しでも多くの方にご理解いただき、願わくば温かなまなざしでお見守り、また、ご賛同いただければというしたたかな思いも込めて、制作を思い立ちました。
高野山真言宗僧侶
二實修験道・濃州阿木山五大講々長
阿木長楽寺堂守         戸塚 智尚

『たましいのふるさと』
 宗教民俗学者の堀一郎は、「わが国における山岳信仰の始まりを火山系、水分(みくまり)系、葬所系の三つの型に分けて考えている。火山系とは火山が噴火し、爆発することに人間が畏怖の念を抱いたことに起源するものである。激しく活動する火山の姿は、それだけでも何か超自然的な力の存在を感じさせる。噴火の原因やメカニズムを知っている私たちですらそうなのであるから、当時、火山そばに住んでいた人たちが火山を崇拝するようになるのはごく自然ななりゆきといえよう。水分系というのは、分水嶺即ち水源の山に対する信仰である。農耕を営む人々にとっては山は生命の源であり、かつ水害を引き起こす脅威でもあった。こうした山に対する感謝の念と畏敬の念が山岳信仰を発生させてのである。葬所系というのは、人が死ぬとその霊は高いところに行くという考えから出てきたものである。山は霊の棲む場所とされ、さらに使者を葬る場所にもなったことから祖霊の居場所ともなり、人が最期の還っていく場所ともみなされるようになった。各地の著名な山岳信仰はこの分類の何れかにあてはまるといえる。」と述べており、阿木山山塊もまた、阿木川、中津川上流域に位置し、天狗森山信仰、行者岳信仰などからも、祖霊、自然神の住まう山塊であると提唱するに十分な歴史、自然を備えております。
 そして、なによりもこの山塊にはそう信じて奉られてきた歴史や思いが、今もなお幽かながらにも残されており、それを「たましいのふるさと」と思うばかりである。

各関連リンク
中津川市阿木事務所  _ http://www.city.nakatsugawa.gifu.jp/branch/agi/
安岐郷誌 _ http://agi.koiroha.org/index.php5/
阿木長楽寺 _ http://www.surya.enat.jp/chorakuji.html
キュルティヴァトゥール _ http://www.cultivateur.jp/

天台寺門宗(大津三井寺) _ http://www.tendai-jimon.jp/trainee/index.html
本山修験宗(京都聖護院門跡) _ http://www.shogoin.or.jp
金峯山修験本宗(吉野金峯山寺) _ http://www.kinpusen.or.jp

真言宗醍醐派(京都醍醐寺) _ http://www.daigo.ne.jp/shugen01.html
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